フィルム写真の心理的・社会的意味を探る - 中国東南部 600 人を調査した論文が Scientific Reports に掲載
出典: nature.com
デジタル全盛の時代に、なぜ人はあえてフィルム写真に惹かれるのか。その心理的・社会的意味を探った研究が、Nature Portfolio のオープンアクセス誌 Scientific Reports に掲載されています。中国東南部、主に福建省・浙江省で募集された 18〜50 歳の 600 人を対象に、フィルム写真への関与度と、自尊感情、知覚ストレス、コミュニティへの帰属感などとの関連を分析した研究です。
関連をつなぐノスタルジアとマインドフルネス
研究では、質問紙調査とインタビューを並行して実施する混合研究法が採用されました。量的調査は 600 人、質的調査はそのうち目的抽出された 30 人が対象です。
75 項目の質問票には Southampton Nostalgia Scale などの既存尺度に加え、撮影頻度、支出、投入時間を測る独自の「Analog Photography Engagement Scale」や、コミュニティへの帰属感を測る尺度が含まれています。
調査結果を平たく解釈すると、「フィルムを頻繁に使う人ほど自尊感情が高くストレスが低い」という関連が明らかになりました。論文では、フィルム写真の「過去との連続性」を感じる特性や、「"今" に注意を向ける撮影体験そのもの」が心理的な影響を与えている可能性がある、と指摘しています。
ただし、これは同じ時点で集めた自己申告データです。フィルム撮影がノスタルジアやマインドフルネスを高めたのか、それとも、もともとそうした傾向の強い人がフィルムに深く関与するのかは判別できません。両者の「関連をつなぐ候補として示された」と読むのが妥当です。研究の性質上統計的な因果関係を見出すのは難しく、また回答者の募集方法に伴うバイアスは排除しきれませんが、このような関連が指摘されたのは興味深いです。
標本から得られた 4 つの潜在クラス
潜在クラス分析では、動機や関与パターンの異なる 4 群が抽出されました。名称は著者が各群の特徴を解釈して付けたものです。
| 潜在クラス | 標本中の割合 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| Nostalgic Purists | 20% | 年齢層が比較的高く、伝統や文化、暗室作業を重視 |
| Aesthetic Explorers | 35% | 比較的若く関与度が高い。独自の視覚表現を求めて実験する |
| Social Connectors | 25% | コミュニティ帰属感が高く、共有や交流を重視 |
| Mindful Contemplatives | 20% | マインドフルネスが高く、ストレスが最も低い。プロセスや内省を重視 |
インタビューでは、現像液の中に像が現れる瞬間への期待、撮影や暗室作業への没頭、金属製カメラの重みやダイヤルを回す触覚などが語られています。プリントを「単なる写真ではなく、人生の一部」と表現した参加者もいました。
交流については、オンラインは簡単な質問には便利だが、実際に会い、プリントを見せ合いながら長時間話すことで深い絆が生まれる、という趣旨の発言が紹介されています。論文は、写真クラブや共同暗室、プリント交換会などを、家庭でも職場でもない「サードプレイス」と位置づけています。
日本の読者にとって
中国東南部という文化的・社会的文脈で得られた結果を、そのまま日本に一般化することはできません。一方、「待つ時間」「物として残るプリント」「手を動かす感覚」を価値として捉える枠組みは、日本市場でのフィルム写真の語られ方とも連続する部分があります。例えば富士フイルムも 2025 年の 「写ルンです+」発表 時に、枚数の制約と現像を待つことによって、撮影時の体験や思いが増幅すると説明しています。
この論文の価値は、「フィルム写真が人を幸福にする」と証明した点ではなく、これまで感覚的に語られてきた魅力を、ノスタルジア、マインドフルネス、自己評価、ストレス、帰属感という測定可能な概念に分解し、検証可能な仮説として提示した点ではないでしょうか。論文はオープンアクセスで公開されているので、興味のある方は読んでみてください。



